アニゲの狭間 第33回 〜差別と自粛〜

 連続多発テロによって、ビルの爆破シーンは控えるように、というお達しが業界中を飛んだ。
 当然、そのようなシーンのあるシナリオは書き直し、また、ハイジャックネタもダメである。
 中には、オンエアそのものが延期になった作品も出てきたらしい。
 ビル破壊が不可欠な怪獣ものは一体どうするのだろうか? などと、特撮ファンな私などは、入らぬ心配をしてしまう。

 専守防衛こそ自粛の基本

 こういった、事件があると、いきなり自粛というパターンは、いまに始まったことではなく、昔から、しょちゅうあることで、みんな慣れっこである。それが良いか悪いかは別として。
 でも、なぜ自粛をするのか? 社会的な影響を考慮し、事件の被害者の心情を配慮してというのがこういう場合必ず出てくる理由だ。
 もちろん、この理由は正しい。
 でも、本当はクレームを事前に防ぐという、メディア側の専守防衛思想が自粛という行為に走らせているのは明らかである。
 クレーム、特に団体関係のクレームには滅法弱いのがこの業界の特質だと思う。
 いや、団体でなくても場合によっては、効果がある。
 様々な業界に、未曾有の自粛旋風を巻き起こした、黒人差別問題がある。
 八〇年代後半、ちびくろサンボが絶版になったり、カルピスのパッケージが変わったりと、それはそれは凄いことになっていた。
 これを推進したのは、親子三人で結成された、あるであり、は団体というには、あまりにも規模が小さい。

 TVアニメのタブー

 TVアニメのタブーは、局や放送時間帯によって微妙な違いがあるが、一般のファンでも知っている主なものをあげると、まず女性の下着の露出がある。でも水着なら良い。そこで、ある制作者がスカートの下に水着を着ているというナイスな設定を考えたが、結局NGをくらったらしい(笑)
 あとは、血である。これはふたつの意味があって、血液が流れるシーンはダメという意味と、血縁に関する言及はダメである。以前「我が血統は決して絶えぬ!」というセリフがNGだったことがある。「血は争えない」とセリフを変えて欲しいと要請を受けた知り合いのライターもいた。
 身体の欠損もNG。腕が千切れ飛んだりといったハードな描写は言うに及ばず、よくある海賊のスタイル、黒い眼帯に片脚が義足、というものすら、いまはかなり難しい。

 私は、こういった自粛自体を否定はしない、この世に正しいことなど、人の数だけあると思っているからだ。しかし、議論もなにもなしに、問題が起こりそうなら自粛すれば後はOK、では、なにも変わらないと思うのである。

 差別なしでは生きられない

 そもそも、人間社会というのは、なんらかの差別行動によって成り立っている。
 身の回りは差別に満ちているのだ。
 例えば……
  ・喫煙者は、常に高い税金を払うという代償を支払っているにも関わらず、
   様々な局面で差別を受ける。
  ・就職する際に、本人の能力の有無にかかわらず、学歴を提示しなければ
   ならないのは、学歴差別。
  ・未成年だというだけで、飲酒・喫煙・その他様々な規制を受けるのは年齢
   差別。
  ・お店で、客が偉そうに命令するのは職業差別。
  ・学校で推薦する図書にマンガが入っていないのは、メディア差別。
 などなど、いくらでもネタは考えられる。

 だが、実際、これらを差別的行為である! と声を挙げる人はいない(と思う普通は)。
 ちゃんとした理由があるからだ。
 喫煙行為は、身体の害や周囲への迷惑行為というマイナス面があるし、学歴は、人の能力というのは、あまりに不確定要素が多いため、やむなくデータ的に学歴を参照する他ないという事情がある。
 未成年に規制があるのは、社会的に成熟していないという問題があるからだし、客、すなわち金を支払う側が偉そうにするのは、資本主義の基本である。
 推薦図書にマンガはダメ、というのは、近年緩和されてきているらしい。

 逃げずにちゃんと考えたいです

 こういった例と、民族差別や障害者差別といった社会問題を一緒にするな! と怒る人もいるだろう。
 全くその通りで、一緒にしてはいけないのである。
 だが、上記の例は、みなが認める確固たる理由がある。
 ところが、メディアの行う自粛の多くは、理由そのものがハッキリと提示されていることは、マレである。
 あるのは、「社会的な影響を考慮し」と「被差別者の心情を配慮している」というおきまりの口上だけである。
 心情を配慮するのは当然だが、なにをどう配慮しているのか?
 社会的な影響とは、具体的になんなのか?

 一律に頭から全部ダメ、ではなく、作品ごとに、こちら側でよく考え、議論し、答えを出し、結果を作品に反映させないと、社会的影響や被差別者の心情を、逆にないがしろにしているのではないのだろうか? と最近思うのだ。


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