アニゲの狭間 第30回 〜セリフ 2〜

私は、セリフのリアリティを高めるために、密かにあることをしていた。
今回は、そのあることとセリフのリアリティのお話し。

 実は私、盗聴……してました

 最近はあまりやらなくなったが、以前は時間に余裕があると、レコーダーで他人の会話を収録していた。
人聞きを悪く言ってみれば、盗聴である。
 懐にウォークマンタイプのレコーダーを忍ばせておいて、電車内でサラリーマンの愚痴やOLの噂話を収録したり、ファーストフード店で若い人達の取るに足らない話題を収録するのだ。
 で、撮ったテープを再生させながら、会話をそのまま、紙に書き写したり、場合によってはワープロで打ったりしていた。
 雑誌の仕事で、インタビューの会話を原稿に書き記すテープ起こしというのがあるが、それと同じ作業である。というか、昔雑誌のライターをしているとき、テープ起こしもしていたから、こういうことを思いついたのだが。

 この作業の目的は、ネタ探しという側面もないではないが、主にセリフ作りの勉強である。
 セリフは、リズム感など、書く人間のクセに左右されやすい。気を付けないと、いつも同じセリフを使い回していることがある。
 何気なく話している作り物でない会話は、話す人それぞれの個性があって、固有のリズムを持っており、これらを吸収できないか? と思ったのだ。
 また、言い回しは、話す人の世代や、その時代によって変化があるので、その辺りのリアリティを高めたいという思惑もある。

 日常会話は使えない?

 この盗聴は、色々な意味で勉強にはなったが、予想外の弊害があった。
 普通の会話を書き写しているウチに、それがクセになってしまい、時々セリフのてにをはがグチャグチャになってしまうのである。
 意外に普通に会話しているようでも、それらのセリフは反射的に出る言葉が多いため、当然ドラマで使われる用に綺麗に整ってはいない。
 ひとつのセリフの中で話題は飛ぶし、てにをはどころか、指示語も目的語もなかったりする。

 採集したセリフの一部に、こんなのがある。
「そしたらさ。転んじゃってさあ。マジ痛くてさあ。周り見てなくってラッキーだったんだけどー」
「さ」という同じ語尾が、何度も続いているし、「周り見てなくて」というのは変である。
「そしたら転んじゃってさ。マジ痛くかった。周りの人に見られなくてラッキーだったんだけど」
 もっと達者な人が書けば、もっと良くなると思うが、まあ普通に直せば、だいたいこんな感じになる。
 要するに、日常会話をトレスしただけでは、セリフとして使えないのである。

 リアルにすると無意味に長くなる

 生の会話を書き写していると、いつしかこういったことが不自然に思えなくなってしまい、無意識のうちに、こういったセリフを書いてしまうことがあるのだ。
 リアリティを高めたりリズム感を出すため、わざとセリフ自体を壊すことも多いのだが、無自覚でやってしまうのはマズイ。

 逆に意識的にその辺を崩して、リアルなセリフにしても、書き間違いだと思われて、後で修正されたりもする。こっちはこっちで、別の意味で落ち込む
 まあ、端から見たら、セリフがヘンなので直された、という意味において同じ事なのだが。

 セリフの生っぽさはサジ加減が重要なのだが、もうひとつの問題は無意味に長くなってしまうということだ。
 生の会話ノリでセリフを組み立ててみると、ダラダラと長くなって、非常に退屈な会話シーンが延々続くだけになってしまう。実際にやってみてわかったのだが(笑)
 長い会話のシーンというのは実際あるが、上手な脚本は、会話の中でもちゃんと緩急を付けて、視聴者を飽きさせない工夫が施されている。

 難しい設定解説シーンのセリフ

 特にアニメなどでは、劇中で設定の解説をしなければならないのだが、実は私、これが苦手である。
 ただ延々に設定の解説をするだけでは飽きてしまうし、かといって、そこが作品のポイントだったりすることもあるわけで、よくあるシーンのわりにかなりの技術力が要求される。
 ここでも、会話のセンスが要求される。
 ナレーションで解説する場合はともかく、こういう設定解説シーンは、たいてい設定を話す役とそれを聞く役がいる。つまり、会話で構成されているわけだ。
 時々、登場人物のひとりごとだけで、設定の解説をしてしまう力業もあるが、それは不自然になりがちなのであまり使われない。
 会話で構成される以上、不自然な感じにならないよう工夫が必要だ。
 単に片方が疑問を尋ねて、もう一方がそれに答える、というのを延々続けるシーンが多いと、教育番組みたいなホンとか言われてしまうからである。

 設定解説は、それ単独ではなくドラマの中に織り込めればベストだ。
 そう思ってはいても、なかなか難しい。無理に押し込むと逆に不自然だし、視聴者が設定を理解してくれなくては意味がないし……。
 これには、毎回苦戦させられている。

 セリフのリアリティは必要だが、なんでもかんでも本物そっくりにする必要などはない。そもそもが作り事なのだ。ただ、適度なリアリティは絶対必要なので、私は、この辺りの計算に四苦八苦している。

 アフレコの話題から始まって、いつの間にかセリフの話になってしまったが、セリフは役者が劇中で言う単なることばではなく、脚本、演出、役者の技術力の集合体なのである。そんなところもチェックしながら、アニメを観るのも楽しみのひとつかも知れない。


『アニゲの狭間』インデックスへ