私は、昔レンタルビデオショップの店長をやっていたことがある。最近、ビデオ屋でちょっとしたことがあったので、せっかくだから今回は、レンタルビデオ屋さんの思い出話を。
身分証明は、免許証と決めていたのに……
先日、CDを借りに行ったら、そこのお店のカードが期限切れだった。
いつもは免許証で身分証明をするのだが、ズボンごと財布を洗ってしまい、財布に入れて置いた免許証もお札と一緒に干してしまっていたので、やむなく保険証を使うことに……
私は、ビデオ屋で保険証を使うのは非常に抵抗がある。私の本当のセカンドネームは漢字なのであるが、健康保険は脚本家の組合のものなので、ペンネームも併記されている。すなわち日本脚本家連盟所属の吉岡たかをというのが、一目でわかってしまうのだ。
なんでそれが抵抗あるの? といえば、それは大ありだ。曲がりなりにも脚本家を名乗っている客が、果たしてどんな作品を借りるのか? ということは、店員にとって大いに興味があるのは想像に難くない。まして、ちょっとオタク入ってる店員なら、過去の記録をたどられて、私のろくでもない貸出記録をチェックするに違いない。
そう、私のような三流ライターであっても、脚本家という職業そのものが、こういう店では不必要に目立ってしまう。扱うモノが映像ソフトであり、店員は映画好きが多いからである。実をいえば、理由はそれだけではないのだが……
店員のポーカーフェイスの意味
ビデオショップの店員というのは、大概ポーカーフェイスを決め込んでいる。その理由は、いままで借りたソフトのラインナップで、客の趣味や嗜好を把握できてしまうことにある。客にしてみれば、そんなモノを他人に好んで知られたくはないだろうし、アダルト関係を借りる客ならば、なおのことだろう。
であるから、ポーカーフェイスは「私はあくまで仕事でやってるだけで、お客さんが何をお借りになっても、私は全く無関心ですよ」という意思表示であり、ある意味サービスに近いのである。
といっても、常連さんは別だ。そういう人は、わざと自分の趣味を話して、店員にお勧めを訊いたりもすることも多い。なぜかこういう客は、アダルトばかり借りる人に多い(笑)
アダルトな常連さんはむげに出来ないので、ポーカーフェイスを捨てて、愛想良く振る舞わねばならない。アダルトビデオは、店によっては売り上げの七割を占めるほど、利益率が高い。仕入値は安いし、一般作以上に回転率が良く、一般作のように少し古くなると動きが止まってしまう……といった極端なことも少ない。レンタルビデオの優等生なのである。
レンタルショップは胃が痛くなる仕事
私が経験したビデオショップ勤務は、ピーク時以外は、結構ラクな仕事だったが、神経的に疲れることも多かった。それは返却に関する業務だ。
冬になるとテープを破損する客が格段に増えてくる。破損の原因は、露つき(結露)と呼ばれる現象で、ビデオカセットを外の寒いところから暖房の効いたような暖かい場所へいきなり持ってくると、テープが曇って露が付いてしまうのだ。しばらく放っておけば露は消えてしまうのだが、露の付いたままビデオデッキで再生すると、テープが巻き込まれてしまうなどといったトラブルが発生する。
いまは保険があるので、弁償ということはまれだが、当時、私が勤務していた店では一定額を弁償して貰う規則があった。結露は完全な事故なので、客に弁償させるのはあまりに酷だよな……と個人的には思っていたが、ドケチな本社の意向なので、どうすることもできない。特に破損した客が常連だったりすると、申し訳なくて仕方がなかった。腹を立てて、二度と来なくなった常連もおり、逆に損をした気がしてならないこともしばしだった。
あと辛いのは万引きである。私の勤務していた店は、パッケージのみ陳列するバックヤード形式ではなく、パッケージにテープを入れたまま棚に並べていたため、万引きもかなり多かった。狙われるのは決まってアダルトものとアニメである。こういうのを捕まえるのは非常にイヤなコトだ。増して、相手が未成年だったりすると辛い。
借りたまま返さない、長期未返却の客も多い。何度か電話やはがきで督促するのだが、最終手段は家まで訪ねることになる。場所柄で相手がスジ者な人も多く、本当に怖いったらない。
…と苦労談? を語ってきたが、私は映画好きのため、タダで映画が見られる環境というのは最高であった。最高すぎて、なんとなくこのままじゃいけないような気がして、結局辞めてしまった。
「お世話になってます」って言われても……
さて、話はいきなり最初に戻る。自分の正体がその店でバレる事に抵抗があったのは、自分の趣味嗜好がばれるということより、もっと別な問題があった。
その店は、2フロアもあるかなり大きいビデオ&CDレンタルショップなのだが、アダルトアニメの回転率がかなり良いらしく、アダルトアニメに不気味なほど力を入れている。そのため、アダルトアニメ専門のコーナーがあって、新作ポスターが毎月ガンガン張り出されている。
近頃、私が脚本を担当したビデオがあいついでリリースされており、肌色の割合が妙に多いアニメのポスターに、やたらと「脚本・構成 吉岡たかを」などとプリントされているわけで、案の定、保険証を出したらば、受け取った若い店員、ハッとしたかと思うと、
「いつもお世話になってます」
と、含みがあるように私に微笑むのであった。
その店員に悪気はなく、愛想のつもりなのはよく分かる。でも、いきなり地元で、アダルトアニメのポスターによって仕事を認識されるというのは、やっぱ少し抵抗が……